艦これ まとめをまとめ イメージ画像

日本海軍の駆逐艦。白露型の6番艦である。

浦賀船渠で1934年(昭和9年)12月19日に起工し、1935年(昭和10年)7月6日進水、1937年(昭和12年)1月29日に竣工した。

太平洋戦争開戦時には白露型姉妹艦3隻(村雨、夕立、春雨)と共に第2駆逐隊(第2艦隊・第4水雷戦隊所属)を編成していた。

比島方面→ミッドウェー→ソロモン海域→アリューシャン方面→ソロモン→比島方面と、東西南北駆け回っていた。

ドジっ子は生まれつき?

1942年11月、第三次ソロモン海戦では、混戦の中で旗艦である金剛型戦艦「比叡」を誤射し、高角砲で反撃される、というドジをやらかしている。

戦艦比叡

同海戦で力尽きた夕立を雷撃処分しようとするも魚雷を全弾外してしまった

駆逐艦夕立

ブーゲンビル島沖夜戦で、「白露」との衝突事故を起こしている。

駆逐艦白露

「五月雨」は、艦首が圧壊し水面下をえぐり取られるという状況で、横須賀に長時間(2ヶ月ほど)入渠となってしまう。

1944年4月26日には、米潜水艦に雷撃されて航行不能になった軽巡「夕張」を牽引しようとしたが、排水量が大きすぎたため失敗、「夕張」を沈ませてしまうという一件もあった

軽巡夕張

昭和19年7月、陸軍の輸送物資を満載した大和、武蔵、長門、金剛以下主力艦隊の護衛についてリンガ泊地へ向かった。

五月雨は武蔵の直衛だった…のだが、折からの大時化に巻き込まれ艦隊から落伍、行方不明となってしまった。

結局利根が捜索に向かい、迷子になっていた五月雨を発見、無事に艦隊へ連れ帰った。

27駆2隻(時雨、五月雨)は再び第16戦隊の指揮下に入り、マニラ~パラオ輸送任務に従事する。

1944年8月18日、パラオへの輸送作戦中に誤って座礁、身動き取れないまま1週間放置され、26日になって米潜水艦「バットフィッシュ」の雷撃を受けて沈んでいる。

全10隻建造された白露型駆逐艦は、「五月雨」の喪失をもって「時雨」1隻となった。

なお、現在の五月雨はパラオでも有名なダイビングスポットとなっている。

終戦後、元乗組員による「五月雨会」が結成され、神奈川県 小田原市早川の東善院に慰霊碑が建立されている。

艦これの五月雨さん

開始時に選べる初期艦娘(吹雪、叢雲、漣、電、五月雨)の内の一人。

初期艦娘の中では最も新型の艦であるため、改にまで育てた際に持ってくる装備が他の初期艦娘よりも一段強力なものとなっており、一応戦力的には最強である。微々たる差ではあるのだが。

後期白露型の「涼風」と同じ、袖の無い白と青のセーラー服に、同じ色のミニスカートを身に纏っている。

史実で色々とドジを踏んだためか、ドジっ子であることを気にしている様子であるが、ゲーム中では艦娘がドジを踏むも踏まぬも運用する提督次第である。

能力的には駆逐艦として平均的であるにもかかわらず、熱心に贔屓する提督が多く「大事にしてあげたい」という意見をよく聞く。

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